インサイド・ヒーローズ
vol.5
花を咲かせてつなぐバトン
ご来場いただくみなさまへ
シードペーパー®を手にしたら、ぜひ気軽に挑戦してみてください。乾燥は禁物ですが、ベランダやお部屋の中でも発芽の楽しさを味わうことができます。お日さまの光に当てればすくすくと育ち、きっときれいな花を咲かせてくれるでしょう。GREEN×EXPO 2027での体験が、ご自宅に帰ってからも続いていく。そんな植物と向き合う時間そのものが、みなさんへの贈り物になれば嬉しいです。
一枚の紙から始まる物語
―シードペーパー®を手掛けるようになったきっかけは何ですか。
野口:
かつて、アメリカのルーツミュージックを日本に紹介する仕事をしていました。そんなある日、現地の音楽レーベルから一枚のクリスマスカードが届いたのです。そこには「この紙はシードペーパーです」と書かれていました。
紙を土に埋めると、やがて花が咲く。その斬新さに胸を躍らせた私は、すぐにアメリカの製造元へ連絡を取り、日本での販売代理店を始めました。当時、音楽界を牽引していたあるアーティストが、「これは面白いね」と、いち早く自身のコンサートグッズに採用してくださったことは今でも鮮明に覚えています。

―国産シードペーパー「花咲く和紙®」はどのように生まれたのでしょうか。
野口:
輸入販売を続けるうちに、いつしか国内での製造を視野に入れるようになりました。そんな折、紙の問屋さんから、山梨県身延町で西嶋和紙の技術を受け継ぐ山十製紙を紹介していただいたのです。13代目当主の笠井さんは「種を入れた紙を作れませんか」という私の相談に快く応じてくださいました。

主原料は企業から回収したシュレッダー紙。インクや文字が混ざった古紙から和紙のような明るく上品な風合いを実現できたのは、書道用紙の裁断時に生じる端切れを掛け合わせるという工房ならではの知恵があったからです。種を傷つけないパルプの調合や均一な漉き方、発芽しやすく破れにくい絶妙な厚みの調整など、デリケートな作業の数々は熟練の職人が培ってきた手の感覚に支えられています。
―GREEN×EXPO 2027に向けた量産には、どのように取り組んでこられましたか。
野口:
私たちは国内生産の開始から5年の月日をかけて、2つの製造ラインを確立してきました。ひとつは相模原にある特例子会社で紙漉きから加工までを一貫して行うライン、もうひとつは山梨の工房で紙を漉き、長野のB型支援事業所で加工するラインです。
長野のリーダーは私の中学校の同級生でもあり、社会福祉法人から独立して自ら事業所を立ち上げたタイミングで真っ先に力を貸してくれました。

福祉にとどまらず、プロとして胸を張れる商品を世に出していきたい――。
そんな彼の熱い想いがあったからこそ、現場が一丸となって試行錯誤を重ねながら、納得のいく品質と供給体制を築いてこられたのだと思います。
そしてGREEN×EXPO 2027のお話をいただいたのが、約2年前のこと。この規模の量産に向けて、鎌倉市内にある13の福祉事業所のみなさんにもアセンブリ作業に協力していただけることになりました。ものづくりの輪の広がりとともに、私たちは今まさに成長過程にあるのです。
❖ 現場コラム:すべては誇りのために

GREEN×EXPO 2027に向けた量産プロジェクトでは、高い効率性が求められます。機械を導入すればスピードは上がりますが、私たちはそれ以上に、スタッフたちが力を発揮できる仕事や大切な居場所をここに作り続けようと考えました。そのために、古紙の選別から紙漉き、台紙へのセットにいたるまで、あえて人の手で行う工程をしっかりと残しています。
単なる量産ではなく、手仕事から生まれる「アナログの温かさ」を守りたい。現場では、一人ひとりが誇りを持って日々真剣に向き合っています。発注元という立場を超えて、こうした現場のスタンスに一緒に悩み考えてくださる野口さんは、まさに「戦友」のような存在です。何よりも楽しくやることをモットーに、全員でこの大舞台に挑んでまいります。



▲完成したシードペーパーを台紙へはめ込む作業。検証を重ねて設計されたバリアフリー仕様のスリットが、スムーズな組み立てを後押し。
有限会社スープ 取締役社長
野口世津子
1999年バッファローレコードを創業し、音楽事業を手掛ける。2009年米国製シードペーパーの日本代理店を開始。翌2010年有限会社スープに社名変更し、環境ノベルティの製造販売へ事業を本格シフト。2021年「シードペーパー®」、翌2022年国産シードペーパー「花咲く和紙®」を商標登録。2027年国際園芸博覧会に向けて、過去最大級の量産プロジェクトに挑んでいる。